日本がなぜ勝てたのかわからない。この試合は2022年W杯最大の謎と呼ばれるかもしれない。
問題の得点シーンを見る前に、この試合の入り方から確認しておきたい。
日本のスタメン
スペインのスタメン
日本はスリーバックで入った。日本は弱いプレス設定で、ブロックを作ってそこで奪ってカウンターという狙い。ただし、あまりに後ろに引きすぎて相手をフリーにさせることが序盤はとくに多かった。そこを見逃なさいスペインは前半11分に先制。このとき世界中の人がスペインの勝ちは堅いと思った。
前半のここは、マークのずれがあったのを突かれた。しかし日本は、スペインの選手が傷みでピッチに転がっている間に指示を伝えて修正。
上のように、日本のスリーバックは本来ならスペインの4-3-3に一対一プラス2枚あまりで対応できるようになっている。問題は動き回るガビとペドリで、この対応が少々難しかった。このへんは
pal-9999さんのブログに詳しい。
前半はしかしこの1失点だけで、ドイツ戦のときのように何回も相手に決定機があったというわけではなかったのだが、それはシステムの咬み合わせがもともといいのと、マークのずれの修正ができたことが大きいのだろう。ドイツ戦みたいにシステム自体がずれているとすぐには修正できないが、マークのずれくらいなら少しの時間でできたというわけだ。
しかし問題は日本がずっと押し込まれていて、前にボールを運べないということ。日本の選手はプレスにもいかないし、ボール奪ったあとの連携も悪かった。事前にシミュレートしたとおり、押し込まれて前にボールを運べないという展開そのもので、日本の勝ち筋はないように見えた。
ところが後半になるとすぐ、2分堂安、5分田中アオのゴールが立て続けに生まれるわけだが、いったい何が起きたのか。
まず後半2分のシーンでは、交代で入った堂安がドフリーでシュートを撃ってゴールだった。
見事なまでのドフリー。しかしこの瞬間をちょうど撮れる写真家ってすごいな。
この前のシーンは、ウナイシモンに前田が鬼プレスをかけて、それをかわしたシモンが左サイドのバルデに浮き球でつなぐ。ところが前まで出ていた伊東が競ってボールはこぼれる。それを拾った堂安がそのままシュート。日本のプレスがうまく機能したシーンだが、プレスでキレイにボールを奪ってつないでシュート、というのではなく、浮き玉を競ってこぼれて拾ってシュート、という泥臭いシュートだった。日本の左サイドで鬼プレスをみせた三笘もすごかったし、それをつないだ前田のプレスもよかったし、伊東の体を張ったぶつかりもよかった。もちろん堂安のシュートもすごかった。
日本が前からプレスに行けたのは、2枚余っていたCBをペドリとガビにつけ、後ろは一対一の数的同数にして、その分全体前にプレスをしたのが大きい。これは前半ではやっていなかった。たぶんHTに「後半立ち上がりはこういう守りで前にプレスに行こう」というミーティングをやったのだと思う。
DAZNの小澤さんの解説より。板倉と谷口がペドリとガビについていることを解説。
ここはほんとに、全体の前で奪おうとする意思と気迫が見事な全体で連動したシーンだったと思う。ここまで激しいプレスはなかなか見ない。かつてのバイエルンを思い出せるものすごいプレーだった。日本は全体を見ても全体でハイプレスに行ったのはこのシーンくらいだったが、それで得点を取ってしまった。うーん。プレスってここまで効果的なものだったのか。いや、まだちょっと信じられない。
ちなみに言うと、これは攻撃的プレスというやつで、守備ではない。相手の陣内でのプレスは守備ではなくて攻撃なのだ。パスをつないで崩すのも、プレスでボールを相手から奪うのも結果は同じだから。
で、二点目。
後半5分のゴールは、堂安のクロスに三笘がマイナスで折り返して田中が押し込んだゴールだが、三笘の折り返しが前田に当たらないように浮かし玉になっているのが地味にすごい。
その前は、後ろからの浮いた球を伊東が見事なトラップでおさめて田中に渡し、田中→堂安→三笘→田中→ゴールという流れ。まず、伊東のトラップがすごかった。ここ、よく見ると、伊東は後ろからのボールをトラップするのを利用してスペインの選手をかわしている。これも地味だけど超絶技巧だと思う。2006年のときなんか日本の選手はブラジルの選手に比べてトラップが下手なのがすごく目立っていたが、今の日本代表は無茶苦茶トラップがうまい。そのあと、伊東がトラップで少しフリーになったのを見てパスが来ると信じた田中が前へ走り込んだ。田中のマークのスペイン選手は田中へついていくのではなく、伊東からのパスをカットしようとしたが失敗。結果、田中がフリーでボールを受ける。そして、さっきからなぜかフリーの堂安にパス。堂安のクロスに大外にいた三笘が反応できて折り返せた。
ここ、スペインの守備がゆるい。ここは、伊東に強くプレスいくだけで危機を回避できたかもしれないシーンだった。また、田中の後ろからの走り込みにも対応できなかった。堂安をフリーにしていたのも謎すぎる。まるでかつてのJリーグのような謎の守備。ここ、謎すぎてスペインの陰謀論が出てくるのも無理はない。
しかしここまでスペインが謎の守備をしたのは、一点取られてパニックになっていたのだと思う。一点目取られたあとすぐの怒涛の攻めにスペインが対応できなったと見るべきだろう。
じつは日本が一点目を取ったあと、森保監督は口笛を吹いて選手にもういちど集中させようとしていた。裏で行われているドイツコスタリカ戦の情報も入っていただろうし、引き分けでは突破できないことをしっていたのだろう。おそらくHTで、一点取ったらすぐに追加点を取りにいこうという意志を統一していたのだろう。ここは森保監督の冷静な指示が効いた場面だった。
FMでも立て続けに得点することはあるが、負けている方が同点にしたあとすぐに逆転するというのは珍しい。さらに、前半圧倒的に支配していた相手から二点一気に続けて取るというのは見たことがない。リアルでは今年のブンデスで2-3で終わったドルトムント対ブレーメンの試合でブレーメンが終盤に二点入れて逆転したが、ブレーメンはそれまで互角以上の試合をしていた。それまでタコ殴りにあっているように見えたチームが突然怒涛の逆転をするというのは漫画でしか、いや、漫画でもそんなの見たことがない。
あ、いやあった。前の日本ドイツ戦だ。どちらの試合も相手に圧倒的に支配され、パスをまわされたにもかかわらず日本が勝った。なんと
【W杯】パス700回以上記録し敗戦は今回のドイツ、スペインだけ 1966年大会以降の珍記録
ということらしい。二回もそれを可能にした日本の集中力のすごさよ。一回だけなら偶然で片付けられるが、二回続くと実力だと認められる。これは偉業だ。
ところで、後半になると、日本はボール回しができるようになった。これも大きかった。ボール回しができないと日本はリズムをつかめない。コスタリカ戦と違って、左CBに入った谷口→守田→三笘という川崎ホットラインの間で阿吽の呼吸のボール回しができていた。ちなみに、板倉、田中、今回は出ていないが山根も川崎だ。日本のクラブで何年も優勝を争う強豪クラブが出てきたことで、そこの選手を数人も代表に採用することができるようになった。もと同じクラブでやっていると連携もばっちりなので、個々の技術不足を補えるし、互いの長所を活かすこともできる。これは大きい。
スペインもガビペドリブスケツといったバルセロナホットラインを活かしたボール回しと攻撃をしてきていたのだが、日本の川崎ホットラインがそれを上回ったと見ることもできる。そんな見方ができるのは日本人だけで、特権的な見方だと思う。
さらに言うと、二点目の攻撃のシーンは、日本とスペインの攻撃の質の差が出た場面だったと思う。スペインは選手の立ち位置が少し動く程度の固定的なフォーメーションでずっと戦った。ペドリやガビはボールを受けに下がることはあっても、前に出ることはあまりなかった。逆に日本はボールを持ったときにフォーメーションを無視して前に出た。とくに田中のチャンスを見抜くセンスはすごかった。彼は事実最後ゴール前でボールを押し込んで得点を取った。彼は伊東がフリーになった瞬間にこれはゴールまで行けると思って動き出したに違いない。スペインにはこういう動きはなかった。
スペインのような戦い方をするチームはW杯で多い。とくにヨーロッパのチームに多い。逆にアジアや南米はここぞというときに前のめりになる。これ、大きな違いだと思う。私はずっと日本のわちゃわちゃサッカーがあまり好きではなかったのだが、この一戦を見て考えさせられた。
このW杯ではとくにスイスがフォーメーションを維持したままボール回しをして守備もして、選手の立ち位置が変わらないサッカーをしていた。それはほとんど美学とも言える動きで、動きすぎないことがチームコンセプトとして確かにあった。逆に日本は無駄にちょこまかと走り回って消耗する、そんなイメージがあった。ところが、この試合ではまったく無駄な動きがなく、日本は動き回ってよく守り、よく攻撃した。ブロックを作ったときには逆に動かずによく耐えた。これはこれで、一つのスタイルなのかもしれない。
なにしろ日本は、本番で今まで試したことのなかったスリーバックを採用した。こういう変化をヨーロッパのチームはほとんどしない。彼らは慣れ親しんだシステムで戦い、それが通用しなければ潔く敗退していく。ところが日本はぶっつけ本番のフォーメーションを採用して強引に勝ち抜けた。まるでいろんなシステムを試して試合をしてなんとか勝とうとするFMのプレイヤーのようだ。
日本が勝てたのは奇跡のようなものだと思うが、それでも、選手の出来がすごくよかったのは間違いない。とくに交代で入った冨安は日本の右サイドを完全に制圧していて、チャンスをまったく与えなかった。三笘も左サイドで驚くほどうまく守備をしていた。とくに彼はボールを奪ったあとのショートパスの選択肢がよく、そのおかげで前半よりもボール保持できていたので日本はすごく助かった。鎌田や守田もよく守っていた。今回初出場の谷口もいい出来だった。タケは前半で交代させられたが一人で奮闘していた。この試合のメンバーはこのあと数十年も褒め称えられることになるだろう。